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IBMiコラム2018.09.13

IBM i のウンチクを語ろう
~ その27: 世界一になったパワーシステム

安井 賢克 著

皆さん、こんにちは。今回は少々趣向を変えて、ハードウェア寄りのお話です。30年前の1988年にAS/400として登場し、途中何度か名前を変更した後に、RS/6000と統合されて「パワーシステム」になったのは2008年の事でした。かつては基幹業務用AS/400とCAD/CAM用RS/6000といった具合に、IBM社は同等規模でありながら用途毎に全く異なるタイプのサーバーを二種類揃えておりました。ちなみにCAD/CAMとはComputer Aided DesignおよびManufacturing の事で、製造業においてコンピュータを活かした設計と生産を行う技法を言います。そして同規模の二種類のサーバーが存在している状況を眺めれば、何とかして両ハードウェアの開発・製造プロセスを一本化してコスト削減につなげたい、という発想はメーカーとして極めて自然なものだと言えます。システムの性格はオペレーティング・システムによって規定されるので、ハードウェアを共通化したとしてもハイパーバイザ(仮想化機能)を活かしてAIXとIBM i をそのまま存続させれば、アプリケーションもユーザーも維持できます。

コラム01

IBM i ユーザーにとっての統合のメリットは、従来以上にハードウェアの技術革新や性能向上のペースが維持されている事でしょう。特に開発に膨大な時間とコストを投じる必要があるプロセッサは、世代を経る毎に数十パーセントの性能向上が見られる事はご存知のとおりです。例えばパワーシステム誕生時のプロセッサはPOWER6だったのですが、コアあたりCPW値は約5,500でした。最新のPOWER9のCPW値は約13,000ですから約2.4倍、世代を経る毎の成長率は平均で30%を超えます。さらに次世代のPOWER10の開発も既に始まっています。ただ当時はパワーと言うとRS/6000、これでとうとうAS/400もRS/6000に吸収され消滅してしまうのか、という将来への悲観がコミュニティ内に広まった時期でもありました。IBMはこれに対して「IBM i 搭載パワーシステム」として製品は永続すると力説し、製品戦略を伝えるべく努力を続けたわけですが、コミュニティの右肩下がりの感情が冷静さを取り戻し、さらに上向きに転じるまで少々年数を要したようです。フランスの哲学者アランは幸福論という著書の中で、悲観は気分、楽観は意思、といった趣旨の事を述べているそうですが、今はIBM i に対して単なる気分ではなく、冷静に状況を見ていただけるようになったのだと思います。

コラム01

話は脇に逸れますが、かつてのAS/400は、それまでのシステム36がシステム38に統合されることで1988年に誕生したシステムです。パワーシステムはAS/400(当時の正式製品名称はSystem i )とRS/6000(System p)の統合によって2008年に生まれました。前回のこのコラムで話題にしたソフトウェア製品のIBM i Access Client Solutions (ACS)は2012年に登場しましたが、同じ製品ファミリーのWindows版とLinux版とを統合した位置付けにありました。技術や市場の動きに合わせて製品のバリエーションが増え、しばらくすると開発・生産の効率化のために統合されてゆく、という新陳代謝の様子が見て取れます。技術の世界においても歴史は繰り返すのでしょう。

さて現在のパワーシステムは、かつてのAS/400とRS/6000を統合しLinuxも稼働するラインアップと、Linux専用機としてのラインアップと二系統存在します。Linuxが稼働するサーバーはダブっているのです。予測される今後の市場動向を見ると、最も成長率が高いのはLinux市場であるのに対して、現在のPowerは必ずしもトップの座にはありません。伸び行く市場におけるチャレンジャーとして、IA(インテル・アーキテクチャー)サーバーに対抗してゆくためにも、マーケティング方法、売り方、などの面においてPowerの「旧主流派」とは違った工夫が必要です。そこで「旧主流派」の市場を守りつつ、IBMサーバーとしての新たな位置付けと、新市場開拓の役割を担っているのがLinux専用機になるわけです。

中でもその急先鋒はPower AC922でしょう。最大でPOWER9を2基・44コアとNVIDIA社製GPU V100を6基搭載可能で、米エネルギー省オークリッジ国立研究所に設置され、2018年6月付けスパコンランキング(TOP500 サイト)にてトップの座に就いたSummitのベースとなったシステムです。SummitはPower AC922を1ノードとして、これを全部で4,356ノード接続し構成したスパコンです。このランキングは、Linpackという科学技術計算用ベンチマーク・プログラムの実測値に基づいて、毎年6月と11月の二度発表されます。性能値はFlops(FLoating point number Operations Per Second)、すなわち一秒間に実行できる浮動小数点数演算の回数を指標にします。IBM i が得意とする基幹業務で取り扱う数値は主に整数であるのに対して、浮動小数点数は科学技術計算において多用されます。そして通常極めて大きなFlops値になりますので、接頭辞としてTera(10の12乗で「兆」に相当)ないしPeta(10の15乗で1000兆)を付加して表現します。上記サイトのランキングによると、Summitの実測値(Rmax)は122,300 TFlops(Tera Flops)とありますので、秒速12京2300兆回の演算能力を持っているというわけです。接頭辞を変えて122.3 Peta Flopsとしても同じです。なお、Rpeakも同様にTera Flopsで表現されますが、こちらの方は理論値であり通常Rmaxよりも大きな値になります。競争である以上はできるだけ数字を大きく見せたくなるのは人情ですが、混用されるケースがありますので、実測値と理論値のどちらで表現されているのか気を付けておきたいですね。(なお、当コラムにあるSummitの構成情報や性能値は、上記TOP500サイトの公開情報に基づいています。)

コラム03

さて、昨今のスパコンは汎用プロセッサとGPUとの組み合わせによってパフォーマンスを得る傾向にあります。POWERやXeonのような汎用プロセッサは様々なタイプのデータを扱いながら複雑な命令を処理する能力を持ち、原則として命令を順番に実行します。一方のGPUは取り扱えるデータや実行できる演算は限られていますが、多数のコアを搭載し多くの浮動小数点数を並列的に処理する事に長けています。例えば前述のNVIDIA V100はTensorコアを640とCUDAコアを5,120搭載しており、汎用プロセッサに対する付加的なアクセラレータとして機能します。上記ランキングのトップ10においてGPUの採用状況を見ると、NVIDIA社製品が5システム、Xeon Phiは2システム、その他が1システム、不明か採用無しが2システムですから、8システムにおいてGPUが採用されている事になります。

元々GPU(Graphics Processing Unit)は汎用プロセッサの負荷を軽減するための、2次元・3次元グラフィックスをリアルタイムで処理する特定用途向けのプロセッサでした。イメージを無数の点に分解し、点と点を繋いで線、さらに線と線を繋いで面を構成すると共に、光源を考慮しながら着色します。イメージを移動・回転させると、構成要素である各点について新たな座標位置の再計算、すなわち乗算と加算の膨大な回数の繰り返しを必要とする行列演算が行われます。ゲームなどにおけるイメージの動きがスムーズになる事から、現在ではグラフィックス・カードは家庭用PCにおいても広く採用されているのはご存知のとおりです。

GPUが強みを発揮する行列計算は、グラフィックス処理に留まらず、データ分析やAIなどのアプリケーションにおいても共通に実行されます。そこでGPUをより汎用的計算においても利用するような、いわゆるGPGPU(General Purpose computing with Graphics Processing Unit)という考え方が生まれます。Power AC922の狙いはここにあります。旧来のスパコンはその価格やプログラミングの困難さゆえに、導入できる企業や組織は極めて限定されていました。GPUを搭載する事で安価になり、様々なオープンソースのライブラリやフレームワークが整備される事で利用可能性が拡がります。コンピューティング第一世代はデータを集計する、第二世代はプログラムを整備する事で人間が定めたプロセスを処理する、だとするならば、これからの第三世代は人間がシステムに問題を提議しアドバイスを得る、という具合に進化すると言われています。Power AC922の役割は次世代のコンピューティングを開拓し普及させる事にありますが、さらにIBM i と連携すれば、基幹業務のあり方も従来とは違った次元のものになるはずです。今後の展開が楽しみですね。

ではまた

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著者プロフィール

パワーシステム・エバンジェリスト

安井 賢克
やすい まさかつ

2017 年 11 月付けで、日本アイ・ビー・エム株式会社パワーシステム製品企画より、ベル・データ株式会社東日本サービス統括部に転籍。日本アイ・ビー・エム在籍時はエバンジェリストとして、IBM i とパワーシステムの優位性をお客様やビジネス・パートナー様に訴求する活動を行うと共に、大学非常勤講師や社会人大学院客員教授として、IT とビジネスの関わり合いを論じる講座を担当しました。ベル・データ移籍後は、エバンジェリストとしての活動を継続しながら、同社のビジネス力強化にも取り組んでいます。

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