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IBMiコラム2023.02.21

IBM i のウンチクを語ろう
~ その80:「対岸」の出来事ではない半導体業界事情

安井 賢克 著

皆さん、こんにちは。IT業界における2022年のニュースの中で、最も印象的なものは何でしたでしょうか。IBM i に関わっている方であれば、Power10プロセッサ搭載モデルのラインアップが揃ったとか、新たなバージョン7.5が登場した、といったところかもしれません。IBM i の枠をちょっと離れて日本の技術の将来という大きな視点に立つとしたら、私自身が個人的に最も関心があるのはRapidus社の設立とその動向です。俗に言うところの「日の丸半導体」復活ののろし、とでも表現できるのかもしれません。業界ニュースサイトを見ると、「よくやった」とか「やるなら今でしょ」といった推進論もありますが、「課題満載」だけでなく「今さら無理でしょ」といった論調の方も負けず劣らずといったところのようです。

IBM社との提携というニュースもあるので、ここでPowerプロセッサ生産事情の観点からRapidusとの関係を見てみたいと思います。元々はIBM社はPowerプロセッサなど独自半導体の設計から製造までの全工程を自社で賄っておりましたが、2014年10月20日の発表によると、半導体製造部門を切り出してGLOBALFOUNDRIES社(以下GF)に移管する合意が成立しています。プロセッサの設計と生産技術開発まではIBM、その後の生産工程をGFが受け持つというのが新たな分担です。そしてその後10年間にわたって、GFは22・14・10nm(ナノ・メートル)テクノロジーのIBM向けプロセッサの独占的供給者となるはずでした。実際に22nmのPower8、14nmのPower9までは順調に推移したようです。ところが次の世代のPower10においては10nmを飛び越えて7nmテクノロジーが採用され、発表文にある10年間の期間内にあるにも関わらず、供給元も韓国サムソン電子へと変更されています。GFにおける10ないし7nm生産工程立ち上げに、何らかの技術的・ビジネス的問題があったといったメディア報道も散見されます。正確なところはよくわかりませんが。

さて、最新のPower10がプロセッサ単体として発表されたのは、2020年8月に開催されたHot Chips 32という国際会議においてであり、Power9の場合は同様に2016年8月のHot Chips 28においてでした。ここに4年間の間隔が見られます。ちなみに初のPower10搭載機であるモデルE1080は2021年9月に発表されていますので、プロセッサ発表からサーバーに搭載されるまでに、更に約1年間の期間があります。

1年

もしこれまでのサイクルが維持されるとしたら、Power11発表は2024年、Power12は2028年ということになります。サーバーに搭載され量産・出荷されるのは、それぞれ1年間のタイムラグがあるとしたら、2025年と2029年になると考えられます。Rapidus社の量産開始目標は2020年代後半とされていますので、次のPower11には間に合わないかも知れませんが、Power12の供給源となる可能性は十分にありそうです。

なお念のためですが、過去のサイクルがそのまま適用される保証はどこにもありませんし、将来のプロセッサ名称なども公式発表されていませんので、上記は当コラムにおける私個人の勝手な推測に過ぎないことをお断りしておきます。

何故今なのかについては、経済産業省が2022年11月に公開した文書「次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けて」のページ3に述べられています。簡単に言ってしまうと・・・かつての栄光は見る影も無く、日本は最新の半導体製造技術をモノにすることができずに、世界的に見れば周回遅れの状況にある。一方で台湾や韓国では最新技術に限界が見えてきたので、次の製造技術を確立して世代交代を図ろうという時期にある。日本はゲームのルールが変わるこのタイミングをチャンスと捉えて次の技術をモノにして、かつての栄光を取り戻そう・・・ということです。そしてよく言われる2nm半導体というのは、その次世代製造技術の成果物です。

かつて算数の四則演算の成績はトップクラスにいたけれども、二次関数は全くできませんでした。ここで二次関数についてキャッチアップしながら一気に微積分をマスターし、再度トップに返り咲こう・・・といったようなセリフに聞こえるのは私だけでしょうか。長年にわたる技術の地道な積み上げが無いとイノベーションは成し得ないと見るべきか、ゲームのルールが変わり、皆がもう一度同じスタートラインに立つのだからチャンスと見るべきか、どちらが正しいのでしょうね。ただ、台湾TSMC社工場の熊本誘致や、IBMからの技術供与が強力な後押しとなっていることもあり、経産省の見立てはどうやら後者です。

納得

経産省の文書によると、半導体製造技術には概ね三つの世代があると考えるので良いようです。日本が得意としておりかつて世界市場を圧倒していたPlanar FET、その後量産化できなかったために市場における日本の存在感がすっかり失われた最新のFin FET、巻き返しを目指してRapidus社が実現しようとしている次世代のGAA(Gate-All-Around) FETです。それぞれの構造的な違いを正確に理解したいと思う方は適宜調べていただくとして、ざっくりとイメージがわかれば十分という方向けに、以下に少々乱暴な説明を試みてみようと思います。

FETという名のトランジスタがあって、その回路は水路(Channel)とその真ん中にある水門(Gate)とで構成されていると考えることができます。ここで水の流れが電流に相当しており、水門を開閉することで水流を制御します。トランジスタとは水を流したり止めたりを、水門を使ってできるだけ高速に、水漏れを生じさせることなく実現しようとする、スイッチの様な回路です。そしてこのスイッチをできるだけ微細化し、限られた土地(チップ)面積の中に、数多く作り込む必要があります。半導体製造技術における三つの世代とは、この水路と水門の構造の違いによるものです。

水路の中にある一枚の大きな扉を水門として、開閉のために上下にスライドさせるのがPlanar型です。これだと高速化・微細化しようにも、水漏れが多くて上手くいかなかったようです。そこで大掛かりな河川工事を行って、水を地面上に置いた幅が狭くて高さのあるU字溝を通すように作り変え、これを上と左右の三枚の羽根で囲むようにして水流を制御しようとするのがFin型です。地面上に置かれたU字溝を魚のヒレに見立てたことからこの名が付けられています。さらに大規模な工事を実施して、水流をパイプの中を通すように作り変え、これを上下左右の全方向から羽根で完全に取り囲む形状にした水門がGAA型、と言えば何となくイメージが湧くでしょうか。GAAとは、水門(Gate)が、全方向から(All)、水流を取り囲む(Around)、形状を表現した言葉です。

GAA FETの水門付き水路(パイプ)の形状は概ね二通り考えられていて、柱状のものと、平たいきしめん状のものとがあります。前者をナノワイヤ、後者をナノシートと呼びます。ナノワイヤでは細いために流せる水量(電流)に制限があるので、業界ではナノシートが主流になりつつあるようです。そしてこの名前は、IBMがRapidusに量産技術を供与することから、ニュースなどで聞いたことがある方も多いかもしれません。韓国のサムソンは昨年6月30日に3nm GAA FET量産開始を発表し、台湾のTSMCは2025年に量産を開始する2nmテクノロジーからGAA型(N2テクノロジー)を採用するとしています。どちらもナノシート型です。

GO

Rapidusが目指すところの2020年代後半の2nm GAA型FET量産開始というのは、Fin FETからの切り替え時にあたっており、これ以上早めることも、遅れることもできない絶妙なタイミングだと言われています。準備期間を考えると「やるなら今でしょ」となるわけです。これを逃すと少なくともGAA型の次のテクノロジーが登場し、ゲームのルールが変わる機会が訪れるまで、日本は現在のFin型FETと同様、市場で存在感を発揮できない「暗黒の」時代が続くことになりそうです。

IBMからの技術供与があるとしても、「本当に実現可能なのか」という点について懐疑的な見方もあるようです。私自身は半導体製造技術を評価するだけの知見は何も持っていないのですが、投資額の大きさは少々気になるポイントです。政府補助金と民間企業からの合計投資額は773億円とされていますが、既にニュースにもなったTSMC社(正確にはJASM社-Japan Advanced Semiconductor Manufacturing: TSMCが過半、ソニーセミコンダクタソリューションズとデンソーが残りを出資)熊本工場への投資額は約1兆円と言われています。12~28nmテクノロジーと何世代も古い製造技術を前提としているにも関わらず、これだけの金額です。日本と似たような状況にある米国では、CHIPS法に基づいた投資額は桁違いの6.85兆円(527億ドル×130円/1ドルと想定)と、約89倍の開きがあります。これらに比べれば773億円は取るに足らない規模でしかありません。おそらくこれは2022年度分のみの数字であって、今年以降もさらなる投資が続くのではないかと想像しております。

半導体は鉄鋼に代わる産業のコメと言われています。世界的にも地政学的リスクが高い、台湾(TSMC、UMC)や韓国(サムソン)への依存度が異常に高い状況からは脱しておくべき、という指摘も理解できます。Power12プロセッサの量産・供給だけでなく、国の経済安全保障という少々得体の知れない観点からも、Rapidus社の成功は重要になってくるのだと思います。ではまた。

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著者プロフィール

パワーシステム・エバンジェリスト

安井 賢克
やすい まさかつ

2017 年 11 月付けで、日本アイ・ビー・エム株式会社パワーシステム製品企画より、ベル・データ株式会社東日本サービス統括部に転籍。日本アイ・ビー・エム在籍時はエバンジェリストとして、IBM i とパワーシステムの優位性をお客様やビジネス・パートナー様に訴求する活動を行うと共に、大学非常勤講師や社会人大学院客員教授として、IT とビジネスの関わり合いを論じる講座を担当しました。ベル・データ移籍後は、エバンジェリストとしての活動を継続しながら、同社のビジネス力強化にも取り組んでいます。

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