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IBMiコラム2020.07.27

IBM i のウンチクを語ろう
~ その49: ハイブリッド・マルチクラウドというIBMの戦略

安井 賢克 著

皆さん、こんにちは。5月22日に開催されたIBM社のバーチャルイベント「Think Digital Japan」には、多数のお客様にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。多くの方がIBM社の戦略に関心を持っていただければ、私達としてもそれだけお客様をご支援できる機会が増えるものと期待しております。

動画の中でシャンデリアの風情の「ご本尊」を見ながら聞いた、量子コンピュータの話(日本語字幕を表示できます)は未来を感じさせるものでした。数多ある量子力学の説明の中でも相当にかみ砕かれているとは思うのですが、何度聞いても何となくわかったような気がする、という域を越えることができないのは我ながら歯がゆいものです。ただ少なくともこれまでとは全く違う概念の、桁違いの能力を備えたコンピュータである事は間違いありません。だからと言って従来型のコンピュータが全面的に置き換えられてしまうのではなく、用途に応じて共存してゆくのでしょう。例えばAIなどに適した並列処理のための量子コンピュータと、基幹業務などに適した直列処理のための従来型コンピュータ、といった具合です。それにしても、動画の中で従来型コンピュータを「a regular classical computer」(通常の古典的コンピュータ)と呼んでいたのを聞くと、「そこまで言うか」とツッコミを入れたくなりましたが。

ツッコミ

先の4月に交代したばかりのIBM社の新しいCEOであるArvind Krishna(アルビンド・クリシュナ)氏の講演において、今後求められるテクノロジーとしてIBMが注力するのは、ハイブリッド・マルチクラウドとAIであるといった説明がありました。初めて公表されたというよりも、従来から打ち出されていた戦略が再確認された、と見るべきでしょう。IBMのAIと言えばWatsonテクノロジーですが、ハイブリッド・マルチクラウドと言うからには、単にIBMのクラウド・サービスを意味するわけではなさそうです。今回のコラムではこの点を見てみようと思います。

クラウドとはどこか他の会社がインターネット越しにIT資源を有償で提供してくれるサービスである、というのが一般的な理解ではないでしょうか。これに対してIBMが戦略として語る際のクラウドとは、クラウド・テクノロジーを前提としたサーバー・インフラの事である、と考えた方が適切かもしれません。例えばアプリケーション実行環境が仮想化されていて、複数ある実行環境を効率的に管理・運用する仕組みがあって、インターネットないしイントラネット越しにITサービスが提供されている、といった状況です。こう考えるとクラウドは社内外を問わず、あまねく存在し得るテクノロジーです。

話をクラウドから始めてしまいましたが、企業に価値をもたらすのはインフラではなく、データやアプリケーションです。インフラ選定の際にはビジネス要件をまず考慮して、例えば資産継承性を必要とする基幹業務アプリケーションだからRPG、最新テクノロジーの実装を必要とするAIアプリケーションだからPython、といったように切り分けます。どちらか一方が無条件に優れる、といったものではないので、ここでは適材適所の考え方を意識しておきたいと思います。そしてデータやアプリケーションは、可能な限り一度作ったらどこでも動かせる状態を維持しておいた方が望ましいでしょう。どこか特定のインフラに依存し過ぎると、IT利用が硬直化してしまうリスクがあるためです。そこで登場するのが、アプリケーション実行環境を仮想化し、どこでも稼働できるようにするテクノロジーであるコンテナです。もちろんビジネス要件によっては100%そうできるとは限らず、非常に機密性の高いデータだから、法的・制度的に社外インフラに配置することはあり得ない、といったような考慮が必要な場合もあるでしょう。

考える

仮想化というと一昔前はハイパーバイザを前提とするLPAR(Logical PARtitioning: 論理区画)ないしはVM(Virtual Machine: 仮想マシン)を意味していました。一つ一つのVMにはOSを含んでいるためにそれなりに重く、構成・展開するには多くのIT資源が必要でしたが、コンテナはOSの代わりにはるかに小さいコンテナ・エンジンを前提にしていますので、手軽に展開できるというメリットがあります。オープンソースであるDocker社のDockerが、コンテナの基盤として事実上の業界標準製品です。IBM i が前提にはなりますが、昔から実装されているサブシステムも、同様の発想に基づくテクノロジーだと言えると思います。参考までにIBM i 7.4の「可用性 最大処理能力」というドキュメントによると、IBM i が稼働するパワーシステム一台あたりの最大LPAR数は1,000 (ドキュメントのページ14に記載)であるのに対して、OSあたりのアクティブなサブシステム最大数は32,767 (同ページ11)とあります。サブシステムは非常に軽いという事ですね。

軽くて利用し易い事自体はメリットなのですが、コンテナは同時に別の課題をもたらします。社内外を問わず遍在するクラウド上に、アプリケーション毎に数多くのコンテナが展開されていたら、人手で全体を管理する作業負荷は極めて大きなものになりかねません。この懸念を解決するのがコンテナ管理を自動化する製品です。業界標準となっているのはGoogle社によって当初開発され、CNCF(Cloud Native Computing Foundation: クラウドを前提とするITを推進する団体)がバックアップする、Kubernetesというオープンソース製品です。綴りを見ただけでは何と発音すべきなのかがわかりません。Web上のカタカナ表記を調べても「クバネティス」「クバネテス」「クーべネティス」などバラつきが見られるので、YouTubeで外人の発音に耳を傾けてみたところ、「クーベネティス」に近いような感じがします。綴りが長いのでk8sと表記される事もあります。

Kubernetesはコミュニティの中で維持される事から、マイナー・バージョンがリリースされるサイクルが3ヶ月おき、サポート終了までが約9ヶ月間と極めて短くなっています。プロトタイプとしては良いのかも知れませんが、企業がこれほど短期にバージョン・アップグレードする事を前提に採用・展開するには無理があります。そこでRed Hat社はサポート期間を3年間以上に延長し、アプリケーション更新の自動化と、企業での実装に必要となるセキュリティを強化したOpenShiftをリリースしています。IBM社はこのOpenShift向けにCloud Paksというミドルウェア製品群の充実を図りつつあります。

上昇

クラウドには様々な定義・種類がありますが、1つの企業のためだけに運用されるインフラであるプライベート・クラウドと、不特定・複数の企業のためのパブリック・クラウド、そして両者を混在させて運用するハイブリッド・クラウドに大別できます(*)。この中で特定のインフラに依存せずにITの柔軟性を担保するのであれば、あらゆるクラウドを対象とするハイブリッド型が望ましい、とIBM社は考えています。そしてデータとアプリケーションもハイブリッド・マルチクラウドを活用できるようにするためにOpenShift対応のミドルウェア製品群であるCloud Paksシリーズや、クラウド上で提供されるWatsonテクノロジーの拡充に注力する事を表明しているのです。さらに冒頭紹介した量子コンピュータも、クラウド上で利用できる環境が整っています。コスト削減を目的とするケースが目立つように思うのですが、先進テクノロジーを手軽に利用できるという点も、クラウドの大きなメリットだという事ですね。

  • (*) ちなみにアメリカ商務省の配下にあるNIST(National Institute of Standards and Technology: アメリカ国立標準技術研究所)では、特定・複数の企業のためのコミュニティ・クラウドも定義していますが、IBMのサイトには記載されていませんので、あまり一般的ではないと見て良さそうです。

ITの歴史の観点からハイブリッド・マルチクラウドを俯瞰してみると、これまでに観察されてきた周期性の表れのようにも感じられます。かつての汎用機やオフコンの時代は集中型コンピューティング、オープン系サーバーの時代は分散、その後インターネット登場に伴ってVM(LPAR)による仮想化とサーバーの集中化現象が見られました。これからの時代は複数のクラウドを活かす分散化の時代が来るというわけです。背景にあるテクノロジーは様々に進化していますが、コンピューティングの本質は集中と分散の間を揺れ動いているに過ぎないのかもしれません。

ではまた

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著者プロフィール

パワーシステム・エバンジェリスト

安井 賢克
やすい まさかつ

2017 年 11 月付けで、日本アイ・ビー・エム株式会社パワーシステム製品企画より、ベル・データ株式会社東日本サービス統括部に転籍。日本アイ・ビー・エム在籍時はエバンジェリストとして、IBM i とパワーシステムの優位性をお客様やビジネス・パートナー様に訴求する活動を行うと共に、大学非常勤講師や社会人大学院客員教授として、IT とビジネスの関わり合いを論じる講座を担当しました。ベル・データ移籍後は、エバンジェリストとしての活動を継続しながら、同社のビジネス力強化にも取り組んでいます。

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