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IBMiコラム2021.02.24

IBM i のウンチクを語ろう
~ その56:垂直統合型システムはITを変えるか

安井 賢克 著

皆さん、こんにちは。年の変わり目になると様々なメディアが昨年一年間を振り返ります。年間十大ニュースなるものを目にしたりもしますが、このコラムは潔く一点集中、多少なりともIBM i に関連するネタを取り上げるというポリシーの元、今後のIT業界に波紋が広がるのではないかと感じている話題について考えてみます。今回はApple M1プロセッサと刷新されたMacについてです。インパクトが大したものではなかったとなれば、私個人のただの妄想に過ぎなかったという事になりますが。

IBM i はサーバー、MacはクライアントPC、それぞれのシステムが担う役割だけでなく、実装されているテクノロジーも全く異なります。これらのどこがどのように関連するのでしょうか。私が考えるのは、単一メーカーが全コンポーネントを作っている点、すなわち「垂直統合」というキーワードです。いわゆるオープン系システムによく見られる「水平分業」とは正反対の特性です。

それぞれのコンポーネントの提供元会社は何処なのか、まずはMacと似た様な位置付けにあるWindowsクライアントを取り上げて見てみましょう。プロセッサはインテルかAMD、ハードウェア本体の主なところは国内外の十社くらい、周辺機器類はそれを上回る数のメーカー、OSはマイクロソフト、といったところでしょうか。これに対して現時点ではまだ中下位機のみですが、最新版MacのプロセッサはインテルCoreからApple M1に切り替えられましたので(Appleプレスリリース「次世代のMacを発表」)、対象機においては全コンポーネントが自社製です。Apple製品はありませんが、サーバーになると考慮するべき範囲はもう少し拡がって、上記以外に仮想化エンジンやデータベース、セキュリティ、システム管理機能も構成要素に含まれます。この観点においても、WindowsサーバーとIBM i との間に複数メーカー対単一メーカーの構図は同様に成立します。

握手

単一メーカーによる垂直統合型システム、すなわちIBM i においては「オールインワン」という言葉で表現されている特徴がもたらすメリットの最大のものの一つは、安定性だと言えるでしょう。第5回の当コラム「オールインワン」にて述べたとおり、製品の設計から製造に至るまでのプロセスに品質を組み込む事が可能になるばかりでなく、運用開始後のバージョン・リリースのアップグレード作業がスムーズに行えるメリットも生じます。その効果は第28回コラム「アベイラビリティ対策」で紹介したように、4時間以上の計画外停止を経験したお客様の割合が僅か1%に留まる点に表れています。

製品を提供する立場からすると、他社の制約をあまり受けずにビジネスを遂行できる、という点が最大のメリットになるものと思います。私自身はこの点により強い関心を持っています。

例えばWindows機においてはプロセッサやOSメーカーの市場支配力は圧倒的なので、ハードウェア・メーカーの製品計画は、これら主要コンポーネントがリリースされてから寿命が尽きるまでのサイクルや、それぞれが備える機能に全面的に依存しています。そしてこの支配の元では、最終製品はどうしてもメーカー間で横並び的なものにならざるを得ません。製品に付加価値を付けたり、差別化しようにも限界があるとなると、メーカーが採用できるマーケティング戦略は低コスト化しか無くなります。価格最優先でシステムを選定するユーザーにとっては好都合ではありますが、個々のニーズにマッチしているのかという観点からは疑問が残ります。

垂直統合型システムであれば、他社の支配から解放されるので、メーカー独自の付加価値を追求する事も容易になります。おおよそレガシーと呼ばれるシステム、すなわちIBM i とかIBM Zがこのカテゴリに入ります。ここに新Macが加わったというわけです。レガシー・システムの仲間(?)と思われたくないかもしれませんが、オープン系とは違う、プロプライエタリ(ベンダー独自の)システムとしての価値が見直されるきっかけになればと期待している次第です。

待つ

私が考える新Macのインパクトにはもう一つあって、Armアーキテクチャの独自M1プロセッサを採用している点にあります。Armと言えば第52回コラム「Powerを巡るプロセッサ事情」でも述べたように、富士通製A64FXを搭載するスパコン「富岳」がパフォーマンス世界一を達成しています。M1を搭載する新Macのパフォーマンスも、Windowsクライアントに遜色ないことを示す情報は既にいくつか公開されています。Armは元々省電力を売りにモバイル機器での採用例が多かったのですが、パフォーマンスの面においてもx86の対抗勢力になり得ることを示しています。

設計と製造が別会社で行われている事もArm 陣営にとって追い風になっているようです。富士通A64FXにせよApple M1にせよ、それぞれArm社から購入した情報をベースに自社向けのプロセッサとして設計し、製造を台湾のTSMC社に委託しています。製造におけるテクノロジー進化を継続するには莫大な投資を必要とするので、専業化・分業化が進んでいるというわけです。ちなみに同様の理由から、IBMはPOWER9の製造をGlobalFoundriesに、最新POWER10についてはサムスン電子に委託しています。自前のプロセッサを持つ事に対するハードルが下がっている証左なのだと思いますが、AWS(Amazon Web Services)も独自のGravitonプロセッサを開発しAWS EC2用に利用しています。製造はやはりTSMCです。これに対してインテル社はプロセッサ生産に関しては垂直統合、すなわち設計から製造までを一社で賄っています。少なくともこれまでは、この体制はインテル社にとって有利に働いていたと言って良いと思いますが、製造技術革新、具体的には7nm(ナノメートル)プロセスによる製造への移行に苦戦しているという記事も見かけます。

IT機器利用形態も以前とは異なってきたと言えそうです。「令和元年通信利用の動向調査」(総務省・令和2年5月29日付)ページ3左上の「主な情報通信機器の保有状況(世帯)」のグラフによると、今やスマートフォンの世帯保有率83.4%はパソコンの69.1%を大きく凌ぎます。IT利用の中心がスマートフォンにあるのだとしたら、パソコンはできるだけ互換性のある環境を提供できる方が望ましいという事になるでしょう。例外はあるものの、iPhone用アプリケーションをそのまま新Mac上で稼働させる手段も提供されています。また、パソコン用キラーソフト、すなわちパソコン購入の動機となるほどの影響力のあるソフトウェアであるマイクロソフト社Office製品についても、新Mac版が既にリリースされています。どうしてもWindowsでなければならない「凝った」アプリケーションを使おうとするのでない限り、多くのユーザーにとってはMacでも用が足りるはずです。

○

これまでの内容をまとめておきましょう。Apple Macの優位点として、ArmファミリーM1プロセッサの省電力性に加えて、IBM i と同様の垂直統合型システムである事による安定性が期待できます。iPhoneとの相性の良さも明らかですし、パフォーマンスもインテルx86プロセッサと比べて遜色なさそうです。一方のWindowsクライアントについて、真偽は不明ながら、心臓部に搭載されるインテル社プロセッサの製造技術の先行きは必ずしも明るくはない情報があります。そしてブラウザやOfficeといったアプリケーションもWindows同様に稼働するのだとしたら、現行Windows機を買換える際に、新Macを選択肢から排除するべき理由は無くなりそうです。

ここまで書いてきて、私自身は巷間言われるところの「Apple信者」だと思われそうな気がしてきましたが、「信者」ではありませんし、嫌っているわけでもないことをお断りしておきたいと思います。これまでにMS-DOSからOS/2へと移行し、その後iPhoneを持ってはいますがメインのPCとして20年間近くWindows機を使用しています。Macはこだわりの強い人達が持つマシン、といった程度の漠然としたイメージしか持ち合わせておりませんでした。ところが最近のマスコミ報道を見るにつけ、これまでパソコン市場において30年近く続いたWintel (Windows + Intel)支配が、MacやArmの台頭によって大きく様変わりするのではないかと感じています。Wintelを置き換える候補者になり得るのはMacか、インテルの苦戦が続けばAMDがインテルを置き換えるWinAMD(こんな言葉は見た事がありませんが)か、ArmプロセッサとArm版Windowsを前提とするWinArmか、といったところでしょうか。新テクノロジーへの市場の関心が強かったり、iPhoneとの相性が重視されたりすればMacが優勢になりそうです。Macサーバーなるものは存在しないので、サーバーとの相性が重視されれば、もしくは市場がWindows離れに抵抗を示せばWinAMDかWinArmかもしれません。インテルが懸念を払拭して巻き返し、市場があらゆる変化を拒めばWintel支配のままでしょうか。いずれにせよ数年後に出るであろう答えを楽しみにしたいと思います。

ではまた

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著者プロフィール

パワーシステム・エバンジェリスト

安井 賢克
やすい まさかつ

2017 年 11 月付けで、日本アイ・ビー・エム株式会社パワーシステム製品企画より、ベル・データ株式会社東日本サービス統括部に転籍。日本アイ・ビー・エム在籍時はエバンジェリストとして、IBM i とパワーシステムの優位性をお客様やビジネス・パートナー様に訴求する活動を行うと共に、大学非常勤講師や社会人大学院客員教授として、IT とビジネスの関わり合いを論じる講座を担当しました。ベル・データ移籍後は、エバンジェリストとしての活動を継続しながら、同社のビジネス力強化にも取り組んでいます。

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