メニューボタン
IBMiコラム2020.10.28

IBM i のウンチクを語ろう
~ その52:Powerを巡るプロセッサ事情

安井 賢克 著

皆さん、こんにちは。先の6月半ばに世界のスパコン・ランキングTOP500が更新され、理化学研究所に設置されている国産の「富岳」がトップになった事は記憶に新しいのではないでしょうか。新型コロナウィルスのワクチン開発に富岳が活躍、とか、咳をした際に飛沫が拡散する様子を富岳で可視化、といったニュースも良く見聞きます。わざわざ富岳の名前を出して有効活用していますよといったアピールをしているのは、先代の京コンピュータ開発に投じた税金が過大だとの批判があったことを意識して、予防線を張っているに違いない、などと勘ぐっている自分は素直ではないななどと思ったりしております。TOP500発表後の8月にはIBM社からPOWER9後継としてPOWER10プロセッサも発表され、多くのIT系メディアでも取り上げられました。そこで今回はパワーシステムを取巻くプロセッサの動向をあらためておさらいしてみようと思います。当コラムの4748回目ではマイクロ・プロセッサの主に黎明期を眺めましたが、その番外編という位置付けになります。

ところでIBM社は大文字だけのPOWERと大小文字混在のPowerとを使い分けているのをご存知でしょうか。前者はPOWER10とかPOWER9のようにプロセッサを指して言う場合、後者はパワーシステムの英語名である「Power Systems」のようにシステムを言う場合の表記法です。時々メディアでも見かける「Power9」という表記は実は正しくないのですが、IBM社員以外でそんな事を気にするのは、「職業病」に罹ってしまった私くらいのものかも知れません。さらに蛇足ながら、パワーシステムではIBM i に加えてAIXやLinuxといった複数のオペレーティング・システムが稼働しますので、複数形とするのが正確な英語表記になります。ただ日本語に複数形はあまり馴染まないので、敢えてパワーシステムズとは表記していません。で、話を元に戻しますと、今回コラムでは、POWERプロセッサではなくパワーシステムを取巻く事情を書こうと思ったので、タイトル表記にPowerとしたわけです。

パワー

富岳直前の2018年6月から昨年11月までの2年間に及ぶランキングにおいては、IBMのPOWER9とNVIDIA製GPU V100を搭載するSummitがトップの座に君臨しておりました。詳しくは第27回目の当コラム「世界一になったパワーシステム」にて紹介しておりますので、目を通していただければと思います。富岳以前に日本製スパコンとしてトップになったのは、2011年6月と同年11月の京コンピュータですから、今回は9年ぶりの快挙になります。この富岳の心臓部分に採用されているのは、英Arm社によるArmプロセッサなのですが、一方で富士通製A64FXという情報もあり、どちらが事実なのかわかりにくいかも知れません。Arm社はプロセッサの基本構造を開発し、富士通はその情報を活用しながら独自プロセッサを開発した、といったところが実情と考えて良さそうです。Armプロセッサとは何か特定の製品を指しているのではなく、例えて言うならば「x86プロセッサ」と同様の製品ファミリーの総称になります。

Arm社はプロセッサを生産するのではなく設計情報を売る、すなわちライセンス供与をビジネスの柱に据えており、富士通以外にも多くの会社がそれぞれのArmプロセッサをリリースしています。例えばクアルコム社のSnapdragon、NVIDIA社のTegra、Apple社のA13 BionicなどもArmの一員です。これらの特徴としてよく挙げられるのは消費および待機電力量の少なさです。バッテリー駆動を基本とし、待機時間も長くなる傾向があるモバイル機器類の心臓部に最適なことから、特にスマートフォンやタブレットに搭載されているプロセッサのほとんどはArmではないかと思います。もう一つのArmの特徴は、製品化にあたって各社の需要に合わせて柔軟に構成できる点にあります。Arm社から追加のライセンス供与を受けてオプション機能を組み合わせたり、自社で設計した回路と組み合わせたり、さらにはプロセッサにメモリや通信機能などを含めたシステム全体をチップに統合(このようなパッケージングをSoC - System on Chipと呼びます)したりと、同じArmプロセッサでも機能や性能に大きなバリエーションがあります。これを活かしてApple社が今後2年間をかけて、同社のMacを現在のインテル製からArmベースの独自プロセッサである「Appleシリコン」に移行する旨を発表したのは記憶に新しいことと思います。

記憶

元々はパフォーマンスを最優先に追求したわけではなかったので、Armプロセッサ搭載スパコン・システムが史上初めてTOP500を制したことは、意外性の面からもそれなりのニュースになったようです。Armのこれまでの「領分」は、パフォーマンスよりも省エネルギーが重視されるモバイル機器に限定されておりましたが、富岳やMacに搭載される事で、今後はサーバーやPCにおける採用例が増えてくるのかもしれません。いずれはインテル対Armといった競合がさらに顕在化してくるだろう、といった論調のマスコミ情報も時々見かけるようになりました。そしてArm社は2016年9月にソフトバンク・グループに買収され傘下に加わったのですが、NVIDIA社へと売却される方針が先の9月に発表されました。プロセッサ業界もなかなか変化が激しいですね。

他方消費電力量あたりのパフォーマンスについては、Green500というランキングがあり、富岳はArmとしての本領を発揮して第9位にランクインしています。このランキングがTOP500と同時に注目を集めるのは、省エネルギー性能に対する世間の関心の高さ故なのでしょう。参考までにTOP500では2位に後退したIBMのSummitは、Green500では8位にランクインしています。

ランキング

ここで先の8月に発表されたPOWER10について、メーカーであるIBMは何を訴求しているのかを見てみたいと思います。POWER10の技術革新のポイントは以下の4つだとしています。①7nm(ナノ・メートル、1nmは1ミリメートルの100万分の1)の製造技術を採用する事で、エネルギー効率をPOWER9と比較して3倍に高めていること、②メモリのクラスター化を可能にすることで、クラウドにおいて大容量メモリを必要とするSAPやAI推論などをサポートすること、③セキュリティ強化のためにメモリを暗号化できること、④AIをサポートするための行列計算アクセラレータを搭載していること。ごく簡単にまとめると、エネルギー効率向上、セキュリティ強化、アプリケーションのためのメモリ・クラスタと行列演算高速化だというわけです。旧来の様なパフォーマンス向上やI/Oバンド幅向上などのテクノロジーに関する訴求がやや影を潜め、ソリューションのための進化であることがより前面に打ち出されています。安井がPOWER10発表情報を眺めた際の第一印象がこの点でした。プロセッサの評価軸もパフォーマンスや省エネルギーだけではなく、今後はソリューションを意識しながら様々に多様化してゆくのでしょう。

POWER10搭載システムが姿を現すのは2021年後半とされており、IBM i にもたらされる波及効果がどのようなものなのか、詳細については今後の発表を待ちたいと思います。そしてIBMはさらにその先のPOWER11の開発に取り掛かっていることも明らかにしています。企業活動の根幹をIBM i に委ねているお客様、そしてそのお客様をサポートする事で成り立っている私達にとって、メーカーが将来を見据えて投資を継続しているという事実は、心強い限りではないでしょうか。

ではまた

あわせて読みたい記事

サイト内全文検索

著者プロフィール

パワーシステム・エバンジェリスト

安井 賢克
やすい まさかつ

2017 年 11 月付けで、日本アイ・ビー・エム株式会社パワーシステム製品企画より、ベル・データ株式会社東日本サービス統括部に転籍。日本アイ・ビー・エム在籍時はエバンジェリストとして、IBM i とパワーシステムの優位性をお客様やビジネス・パートナー様に訴求する活動を行うと共に、大学非常勤講師や社会人大学院客員教授として、IT とビジネスの関わり合いを論じる講座を担当しました。ベル・データ移籍後は、エバンジェリストとしての活動を継続しながら、同社のビジネス力強化にも取り組んでいます。

PAGE TOP