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IBMiコラム2023.09.27

IBM i のウンチクを語ろう
~ その87:ITはコストであるという呪縛

皆さん、こんにちは。IBM i の営業支援のために、担当営業に同行してお客様を訪問することが度々あるのですが、大抵どこかで提案内容に話が及びます。具体的な提案金額は私の領分ではないので黙って聞いていると、「投資」とか「費用」または「コスト」という用語が飛び交います。厳密な定義はさておいて、いずれ請求書に記載される、お客様に支払っていただきたい金額という意味では、これらを意識して使い分けているわけではなさそうなのですが、時にその意味合いは大きく異なるようです。代表的なケースの一つは、DXの文脈の中で語られる時です。ITに関する支払いは投資なのかコスト(費用)なのか、という意識の持ち方は、DX推進における重要な分かれ目なのではないかと思います。

念のために、投資とコスト(費用)とはどう違うのか、ネット検索してみると会計から経営に関するものまで数多くのページがヒットします。ざっと眺めた結果、こう考えておくので概ね間違いないだろうと安井が勝手に考えるのは、カネの支払いに対して得られる対価への期待の持ち方の違いです。長期的で対価の大きさは必ずしも確定していない、場合によっては莫大なリターンを期待できるかもしれないがリスク含みであることが多いのが投資、一方短期的で対価の大きさはほぼ確定されているのが費用、といったところでしょうか。DXレポートが主張するDXの狙いは企業文化の変革にあるとされていますので、もたらされるメリットは確定的とは言い難いようです。すなわちDXのためのIT支出は投資だと考えるのが妥当なのでしょう。

日本のIT支出の実態は投資とコストのどちらなのでしょうか。客観的には区別できない、意識の持ち方に関わることですので、Web検索してみてもこの疑問に対するストレートな答えは見つかりません。私自身の肌感覚としては、数多くの例外もあることは承知しておりますが、敢えて言うならば、コストとされる傾向が強いのではないかと思います。いくつかのデータと共にこの点を考えてまいりましょう。

「IT人材白書2017」(情報処理推進機構:IPA)の中に、情報処理・通信に携わる人材の所属企業に関する国別調査結果(第2部・第2章・第1節-3)があります。少々古いためかIPAサイトでは原典は見られなくなってしまっているのですが、要約版『「IT人材白書2017」概要』ならばこちらで参照することができます。ここで着目したいのは、IT人材はIT企業とそれ以外の企業、すなわちユーザー企業と見なして良いと思うのですが、のどちらに属しているのかというデータです。最も顕著な差が見られるのが日本とアメリカで、日本ではIT人材のうちIT企業に属するのが72.0%、ユーザー企業が28.0%であるのに対して、アメリカではIT企業34.6%とユーザー企業65.4%、という具合に分布が逆転しています。外注の日本と内製のアメリカ、というのが実情だと言えそうです。

外注方式はITの弾力的運用、ひいてはDX推進における足枷になっているとも言われています。ビジネス環境の変化に応じてITも改修したいとなった時に、内製であればそのまま作業を進めることも可能ですが、外注だと要件をまとめて見積もりを取り、必要に応じて価格交渉もしなければなりません。俊敏性に大きな差が出ることになります。日米のDX推進の差の遠因はこんなところにありそうです。

日本においてもメディア情報を見る限りでは、ITの内製化に舵を切る企業も増えてきている傾向が見て取れます。背景にある狙いはDXの推進です、と言いたいところなのですが、実態はそこまでシンプルではないようです。調査会社のガートナー社のレポート「Gartner、日本におけるソフトウェア開発の内製化に関する調査結果を発表」において、内製化の方針にある企業の方が、外製化よりも多数派であることが示されています。そしてその理由の中には「DX推進」というそのものズバリのものだけでなく、DX推進のために必要とされている、アプリ開発の迅速化、自社ノウハウの蓄積・活用、といった理由も並んでいるのですが、最も割合が大きいのは「開発コストの削減」とあります。正直なところ、期待に沿った回答では無いのですが、理由は何であれ、長い目で見れば内製化という方向性はDX推進に寄与するのではないかと思っております。経産省のDXレポートも内製化の重要性を訴求しています。

それにしても日本においては何故このように外製化が進んでいるのでしょうか。コスト削減のみをひたすらに追求した結果であるとか、IT業界の構造的な膿であるとかといった議論をメディア上で目にすることもあるのですが、さらにその根源はどこにあったのだろうか、というわけです。決定版となるような回答を目にしたことは無いのですが、「令和元年度情報通信白書」(総務省)において述べられている、日本のITの発展経緯とそれを取り巻く社会情勢の記述の中にヒントがありそうです。参照したいのは、白書の第1部・第1章・第1節-2「ICTの発展・普及により産業はどのように変化したのか」 (ページ32以降)です。

話は1960年代に遡ります。1964年に開催された東京オリンピックにおいては、競技データを集計するためのシステムが活用され、同年には日本国有鉄道(現在のJR)が座席予約システムをスタートさせました。続いて翌1965年には三井銀行(現在の三井住友銀行)がオンラインのバンキング業務を始めています。コンピュータと通信との組み合わせによって、リアルタイムで情報処理を行うという意味では、これらは世界に先駆けた先進的な取り組みでした。この辺りをきっかけとして企業の中にITが浸透し、さらにその業務量が市場全体として増えてゆきます。企業のIT部門の中には子会社として独立し、親会社以外の会社に対してもITサービスを提供するところも出てきました。IT産業の始まりです。

1980-90年代になるとITの外部委託化が進みます。例えば流通業や製造業など多くの企業にとってITは本業ではありません。自力でアプリケーションを開発し、システムを保守・運用するよりも、ITを生業とする専門の会社に委ねた方が、コストも削減できるし安定性も期待できそうです。ここで最も重要視されたのはおそらくコスト削減です。当時のIT動向と経済情勢という、二つの要因が外部委託化を加速させたと考えられます。

この時期は企業の基幹業務を長らく担ってきたメインフレームやオフコンに代わって、UNIX機やWindowsサーバーなどのいわゆるオープン系が市場で台頭する時期に重なります。当初は従来機に比べて処理能力不足や安定性欠如などに対する懸念が強く、新しいサーバーを基幹業務用途に使用するのをためらう声が目立っていました。一方でコストが低いことは大きな魅力でしたので、機能毎の役割分担または負荷分散、場合によっては冗長化を前提に、複数台で旧来のマシン1台を置き換える考え方が浸透してゆきます。構内の通信を支えるネットワークであるLAN、すなわちEthernet上のTCP/IPプロトコル利用が一般化したことも役立っていました。

「ダウンサイジング」や「オープンシステム」という言葉が生まれると共に、旧来システムに「レガシー」というレッテルが貼られ、「ベンダーロックイン」の懸念の声が高まったのもこの頃ではないかと思います。先駆者的ユーザー事例が広く拡散されるようになるなど、メディアもこの流れを後押しします。ITサービスを提供する企業にとっても、ビジネスの多くをメーカーから自分達の領分へとシフトさせる上で好都合でしたので、「SIerロックイン」には見て見ぬふりだったように思います。

典型的なレガシーシステムと目されていたIBM i は、この流れの中で、オープン系と共存しながら競合するという、一見矛盾する戦略を取ります。アプリケーション資産の継承性や安定性など、基幹業務サーバーとしてのメリットを強みとして競合しながら、オープン系ならではの使い勝手の良いユーザー・インターフェースや、手軽・廉価に構築できるアプリケーションとは連携する、そのために各種のオープンなテクノロジーを搭載する、というものです。これはこれで理に適ったものだと思うのですが、シンプルではないためか、レガシーという言葉にまとわりつく悪印象を払拭するには至っていないようです。当時IBM i の製品企画業務に携わっていた身としては、市場やメディアがこぞってアンチIBM i を推進していたような錯覚を抱いたものです。

さて、もう一つの要因はIT支出の削減圧力です。影響が大きかったのは1985年9月22日のプラザ合意によって、円安・ドル高を是正するよう圧力がかかったことです。1ドル=242円だった為替レートが同年末には200円、さらに1988年初には1ドル=128円にまで上昇しています。また、1991年にはバブル経済が崩壊し、1989年末の日経平均株価38,915円は1998年10月には12,000円台にまで下げています。

これらは経営に対する強力な逆風となったため、企業は生き残りのためのコスト圧縮を余儀なくされます。当時のITは付加価値を追求するための手段というよりも、人による機械的作業を代替する仕組みであり、多くの企業にとっては本業ではないことから、メスを入れる対象として、着目され易かったのは事実でしょう。それまで会社業務を上手く運営できていたのであれば、余計な事をせずにそのままの状態を維持できれば良いのであって、後は如何にしてコストを削減するのかが重要な課題になります。コスト削減を至上命題とするIT部門にとっては、ダウンサイジングや外部委託化は魅力的な解決策に映ったことと思います。一方のITサービス会社の方も、提供するべきサービス内容は明確なので、後はコストを極力削減するために、二次請け・三次請けといった多重下請け構造に走りがちになったのではないでしょうか。

日経平均株価は未だに過去のピークを超えていないのもさることながら、ITはコストであるという見方は、大勢としては従来のまま変わるところはないように思います。DX推進のための方法論とか、事例に対する関心は高いのですが、この呪縛から解放されて、投資意識を持たなければならないのではないでしょうか。今のままでは理性に感情が伴っていません。ではどうすれば、となるわけですが、とりあえずはコスト意識の原因と向き合いながら、それぞれに考えていただくしかないように思います。経産省がDXレポート3あたりで、投資意識を持つべき多といった主張を展開してくれないかな、などと勝手に妄想しております。

ではまた

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