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IBMiコラム2023.11.21

IBM i のウンチクを語ろう
~ その89:属人化は絶対的な「悪」なのか

安井 賢克 著

皆さん、こんにちは。ITの世界では「属人化」と言えば「イコール悪」であり、防いだり解消したりする対象というイメージが強いようです。ただ、情状酌量(?)の余地の無いガンのようなものなのかと問われたら、イエスと答えるのに躊躇してしまいます。私自身が名乗っている「エバンジェリスト」は、個人のキャラクターに製品情報を結び付けてしまおうという、マーケティング的な効果を狙った属人化の試みではないかと思うのです。スキル向上を目指して様々な技術を学ぶのは、属人的価値をより高めるための努力だと言えます。この意味において、属人化は大いに結構なことです。誰がやっても常に横並び的な結果しか生まれない、という状況はあり得ませんし、エキスパートと呼ばれる方々の専門性には価値があるはずです。どうやら属人化は必ずしも排除されるべきなのではなく、「状況次第で善でも悪でもある」という、わかったような、わからないような、凡庸な結論に落ち着きそうです。どこかに境界線があるはずですね。

IBM i にまつわる「悪」の典型的な例の一つは、IBM i のRPGアプリケーション保守が属人化している、という状況です。該当スキルを保有する人は概ね高齢者であり、引退時期が近づいているにも関わらず、保守を担うべき次の世代がなかなか見つからないという懸念が顕在化します。ある日突然降って湧いて出てくるような問題ではありません。薄々気付いてはいたのだけれど、直ぐに対処するべき切迫した状況にあったわけではない。妙案も無いので、より優先度の高い別の課題に取り組むことにしよう・・・といった思惑が沈殿した結果であることがほとんどではないでしょうか。ちなみにここで言うRPGとは大抵RPGⅢ(RPG/400)を指しており、メーカーであるIBMは後継のFF RPGや、それへの変換ツールを用意してあるのですが、お客様の視野に入っていないケースも残念ながらあります。

何故このようなことになるのでしょう。RPG保守という仕事は極めて高度なノウハウを前提とするので、多少学んだところで誰もが手掛けられるような生易しいものではないのか、前世代の得体の知れないテクノロジーと見なされるので(しつこいですが、確立された対処法は既にあります)、学びたいと思う方がなかなかいないのか、二つに一つのはずです。

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客観的に示せるデータは持ち合わせていないのですが、IBM i を知る100人にアンケートを取れば、おそらく100人が「特に若年層において距離を置きたがる傾向があるから」と回答するのではないでしょうか。誤解を恐れずに言えば、この場合の属人化は食わず嫌いが遠因となって引き起こした、そして兆候に気付かずに、または気付かないフリをして放置したために、さらに傷を深くしたのだろうというわけです。製品提供側による対処法、すなわちFF RPGのプロモーションが足りていなかった可能性も否定できません。もちろんこのような閉塞的状況とは無縁の、計画的にITを運用しているユーザーも多数いらっしゃいます。

おおよそ属人とは、何らかの原因によってノウハウが広く展開されていない状態を指し、多くの場合は問題視され、解消されるべきものと見なされています。これに対してAIはノウハウの展開を図るための、属人性を解消するためのテクノロジーだと言えます。だからと言って、ノウハウと言われるもの全てがAIで解決できるわけではありません。AIの発展を待たなくてはならない領域は数多く残されているばかりでなく、ノウハウそのものも時代と共に進化してゆくために、AIにとっての空白地帯はさらに拡がってゆきます。AIは永遠に追い付くことはできないようにも思いますが、汎用性ある学習能力を備えたAGI(Artificial General Intelligence: 汎用人口知能)がいずれ登場したら、様相は一変するのかもしれません。

さて、ノウハウを段階的に捉えながら、属人性とかテクノロジーを眺めてみると、この状況はわかり易くなるように思います。以下は安井が個人的に勝手に「腹落ち」した気分に浸れている解釈です。これまでに見聞きした事柄を、適当にブレンドしたものに過ぎませんが。

ノウハウとして最も難易度が低いのは、誰が手を下してもやるべき事は決まっているものです。作業内容は周知であり、個々人が創造性を発揮する余地はほとんどありません。速さとか精度に多少のばらつきはあるかもしれませんが、誰であっても結果は似たり寄ったりであり、属人性はほぼ無いと言って良いでしょう。ただ最初から属人性とは無縁だったものばかりではなく、テクノロジーの進化によって属人性が完全に色褪せてしまっているものも含まれていると考えられます。

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例えば一切のテクノロジーが利用できない状態で、5Kmほど離れた場所に移動しようとしているとしましょう。徒歩しか手段が無いとしたら、所要時間は人によって大きくばらつく可能性がある、すなわち属人性がありました。現代においてはそのようなことをする人はまずいないでしょう。電車を利用するとしたら、誰であっても所要時間に大きな差はありません。かつては属人的であった作業が、テクノロジーの力を活かすことによって誰でも同じ結果を得られるようになったというわけです。この段階において効果を発揮しているテクノロジーは、おそらく電力とか工業力でありAIではありません。

やるべき事にはパターン化されたいくつかのオプションがあり、どれを選択すれば良いのかを判断するところにノウハウが求められるのが次の段階です。それぞれのオプション、すなわちやるべき事においては、上記同様に属人性は無くAIの恩恵を受けることはありません。新入社員が先輩社員から指示されれば作業を進めることができる、といったような状況を想定すると良いでしょう。

何をするべきかを判断するところに属人性が発揮され、それが結果を左右します。会社における業務と称されるものの多くは、おおよそこの段階にあると言えるのではないでしょうか。業務の熟練度を高めることとは、判断力を磨くことと同義になります。鍵となるノウハウの伝承においては、従来の「個人から個人へ」だけでなく、AIの登場によって「数多くの人からテクノロジーへ、そしてテクノロジーから個人へ」という新たな経路が形成されます。AIがその有効性を発揮し属人性を解消するのに大いに役立つのは、この判断の部分においてであると言えそうです。

最も難易度が高いのは、実施するべき作業を決定する時、そしてその作業を実施する時のどちらにおいても高度なノウハウを必要とする段階です。そしてその水準は時代と共に高まってゆき、人類の英知の限界をさらに前へと押し進めてゆきます。この領域におけるノウハウは極めて属人的なものであり、テクノロジーでも解決できません。この段階にある属人性を「悪」だとする方はいらっしゃらないでしょう。

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ツッコミ所満載の考えかもしれませんが、ノウハウには難易度の段階があって、テクノロジーは難易度の低い方から次第に高い方へと属人性を解消するように進化している、という点は間違いないのではないでしょうか。そして最も低難度のノウハウにおいては電力や工業、さらにはITの力を活かすことで属人性は解消されつつあり、もう一つ上の段階になるとAIが人の判断力を補うことで属人性を解消する事例が生まれつつある、ということなのでしょう。一方でノウハウの方も発展しますので、属人性が居座る領域が解消することはありません。この場合の属人性はノウハウの進歩によって生じるので、歓迎するべきことだと言えるでしょう。すなわち属人的ノウハウの進展が先にあって、テクノロジーが属人性解消のために後を追いかけている、という構図が見えてきます。

ここで話を戻しましょう。いずれにせよ見えている現象に変わりはないのですが、IBM i における属人化とは、多くの方にとってノウハウが高度過ぎるからではなく、ノウハウから距離を置く傾向があるために生じているのだろうと、当コラムの前半で述べました。属人性としては歓迎したくない部類に入ります。そしてAIはノウハウの属人性を解消し得るテクノロジーであると述べたわけですが、「食わず嫌い」のIBM i においても同様に効果を発揮するに違いありません。例えばアイマガジン社サイトには、ChatGPTはRPG開発にどこまで使えるか、という実験的な取り組みの記事が掲載されています。いずれ様相は変わってゆくのかもしれませんが、現時点では何か課題を与えればたちどころにバグの無いソースプログラムが生成される、という具合にはいきません。プログラミングにおける個人的なアドバイザがいる、と考えてAIと上手くつきあうべきことが示唆されています。そうであったとしてもIBM i に対するハードルは大きく下がるはずです。

メーカーであるIBMは、IBM i の独自アーキテクチャーを活かしながら、オープン性を製品に組み入れるように機能強化を進めていることは、多くの方がご存知と思います。このことは属人性解消のための、従来からある手段だと考えられます。さらにAIを活かした利用技術の進歩は、もう一つの有力な解決策として捉えることができそうです。とにかくAIを使って慣れてみることが、我々に課せられた課題なのかもしれません。

ではまた

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著者プロフィール

パワーシステム・エバンジェリスト

安井 賢克
やすい まさかつ

2017 年 11 月付けで、日本アイ・ビー・エム株式会社パワーシステム製品企画より、ベル・データ株式会社東日本サービス統括部に転籍。日本アイ・ビー・エム在籍時はエバンジェリストとして、IBM i とパワーシステムの優位性をお客様やビジネス・パートナー様に訴求する活動を行うと共に、大学非常勤講師や社会人大学院客員教授として、IT とビジネスの関わり合いを論じる講座を担当しました。ベル・データ移籍後は、エバンジェリストとしての活動を継続しながら、同社のビジネス力強化にも取り組んでいます。

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